実家暮らしが帰路に就くときの思い
秋冬に入って日が短くなると、遅い時間に帰宅することに対して憂鬱な気持ちを覚える。昼は少し暑さを感じるくらいに日が照っていたのに、今は、もう赤道北側の人間には興味がないと太陽が言っている。薄暗く、夕焼けと言うには赤黒い空にげんなりしてしまう。これで明日が休日であれば特に文句はないのだが、あいにくと今週は週末にも学業の予定があり、休息という雰囲気ではない。
こういうとき、実家暮らしであることにつくづくストレスを感じる。いやこの言い方は語弊がある。実家暮らしが嫌なわけでは決してない。日の暮れた世界を空腹なまま、遠い安息の地まで辿り着かねばならないことにストレスを感じるのだ。いうて大したことはない。ほとんど電車とバスが運んでくれるのだし、乗り継ぎさえ上手くいけばわりと短時間で帰れるのだから。文句を言ってはいけない。家に帰れば家族がいて、暖かさを感じる。これが一人暮らしだったら、きっともっと気持ちが落ち込んでいるだろう。一人暮らしを想像するにつけ、自分の寂しがりを自覚させられて仕方ない。
外が暗い時間に電車に乗るのは好きではない。連想されるのはだいたい帰り道。すなわち楽しいことが終わったあとということ。家での休息の時間は短く、すぐに寝なければならないということ。あるいは、かつては塾の帰り道で、近づいてくる受験への、日々強くなる不安を奥歯で噛み潰しながら、明日の小テストの勉強あるいは復習をする時間だった。たいしていい思い出があるわけではない。だからこそかは知らないが、こういうときに限って言いたいことが次々と浮かんできてメモがあっという間に埋まる。だいそれたことを言うわけではない、本当にただとりとめのないことを、思ったままに記すだけ。
空腹にビスコが沁みる。久しぶりに手に入れたお菓子は、幼少期の思い出の味。
明るい時に電車に乗っていると、多分まだやる気があるのか、勉強しようとする傾向にある。ところが夕方になって電車に乗るとどうだろう。日中の疲れが、大したことはしていないにも関わらず疲れが感じられて勉強する気にならない。せいぜいレポートにつける感想を書き綴るくらいか。