独り言

深夜テンションで思い出すあの子

長期休暇中、友人との約束は基本的に刺激的。久しぶりに会う人ばかり。懐かしいし嬉しいけれどどこか緊張する再会もある。
だけど、ほの暗く、二酸化炭素分圧の大きい空気を連れてくる再会もある。すこし、息が苦しい。
あの子と私との間を満たす空気は、いつも彩に満ちていた。息を吸う、吐く。それと同じくらい言葉を投げかわした。互いに通じる符丁が生まれて、空間を満たす。
次に何を言うか。言われたら何と答えるか。その先は?その先は?
行先なんて何も考えず野放図に話しているはずなのに収束する。かと思えば爆発的に発散する。言葉を介したエネルギーの受け渡しが好きだった。
あの子がいてくれれば、私はすぐに笑える。楽しい日々を過ごすことができる。私も私なりに、あの子を楽しい日々を築いていたはず。

だけど私たち二人の間に、パーテーションがある感覚はうっすらあった。
お互いが苦しい状況になった時、特に顕著になった気がした。
お互いがお互いの苦しさを隠し通すようにして、普段と変わらない調子で言葉を投げかわした。二人の間には、こういう言葉が飛び交っているのがふさわしい。ろくに弱みを見せることもできないのに、まるでこの関係が最後の砦だとでもいうかのように、そのスタンスを崩すことはなかった。と思っていた。

恐らくお互いに忘れたい記憶が入り混じる頃の話だから、今更思い返したところで、どこの馬の骨ともわからない事実が一丁前に服着て立ってるのを見るだけ。

 パーテーションを介したキャッチボールから離脱したのは、私の方が先だったように思う。人間、追い詰められたときに本性が出る。昔言われた。もう少し周りに気を配れるようになれるといいですねと。
あの状況で、もっと私にできたことがあったと思う。もっと、お互いが吸いやすい空気を巡らせることができたはず。なのに、動かなかった。その余裕がないと思った。
自分で離脱したくせに、その時の景色だけは今でもよく覚えている。後悔の証。

本当に、いまさら何を言ったって詮無いことだし、私が思うほどの状況じゃなかったのかもしれない。おこがましい回想なのかもしれない。私が後悔するようなことじゃないのかもしれない。
でも、ずっと刺さったまま、抜けない、細い細い針。抜けない。

戻りたい。あの頃みたいに話したい。針は刺さったままでいいから、また言葉を投げかわしたい。

今度こそ自分が後悔しないような立ち居振る舞いをしようと思っていた矢先、あの子は自分で解決していた。当然だ。あの子の方がずっと芯が強く、賢く、優しい。頑張り屋で、だからこそ強がるときもある。付き合い始めのころなんて、あの子の表面しかわかってなかった。表面をなでるような言葉ばかり届けていた。そんな気がする。